2015年7月01日

2015年7月1日

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チベットではお葬式を火葬でも土葬でもなく鳥葬という特殊な方法でします。

※ご遺体の写真はありませんが、葬儀の写真があります。ご覧になりたくない方はこの記事を読み飛ばしてください。

 

 

鳥葬がどういう方法かというと、ご遺体を鳥葬師なる人が解体(解体という表現が適切が不明ですが)、鳥たちに肉体を食べさせることによって遺体を処理する方法です。

チベット伝統的な葬式の形式のようです。

 

 

チベットでは高地のため、木々が育ちにくく火葬のための薪が手に入りにくいことや、土葬が難しいこと、神聖な生き物であるハゲタカと共に死者を天に送り届けるという意味で鳥葬が行われているそうです。

 

 

 

私が看護師という職業に就いたことでたくさんの生と死を見てきました。自分より若い年齢の患者さんが救命できない状況で看護したり、亡くなるのに立ち会いました。

 

また、各国の歴史に触れましたが、戦争の歴史でもありました。日本の歴史と重ね、様々な思いが巡り、葛藤し、結局(当たり前ですが)すべてに答えを見出すことなんてできませんでした。

 

 

「私たちは死に向かっている。」

 

だけれど、生きているのが当たり前で、普段”生きている意味”なんてなかなか考えることもない・・・・・。

 

 

(手前の赤い小屋の周辺で人間が解体されます。ピンク色のカーテンで仕切られるので詳しい状況は見ることができません)

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たくさんのハゲタカが集まってきます。

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解体の儀式が終わると、ご遺体の周囲にはハゲタカが集まり、遺体が処理されます。

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魂が天に昇っていくimage

重い話題になってしまいました。。

それぞれ考えること・感じることが異なると思うので、私の感想は無意味だと思いますが・・・。一つの意見・感想として記載します。

 

 

必ず死は避けられないし、そのタイミングもわからない。

記事を書いている数分後かもしれないし、明日かもしれない。老年まで生きれるかもしれない。

理由は病気かもしれないし、事故かもしれない。

全くわからないのに、死ぬことだけは決まっている。

 

 

だからどうする?何が正しい?・・・????

結局わからないままなのだけれど、一つ自分が大切だと思うのは

 

 

生きている人が生きている時間を大切にすること。

そして生きている人をお互いに敬うこと。

 

 

争い・憎悪・差別etc

 

 

これらのことを避けられる選択肢があるのに、

あえて選択をし、生を費やすのは生を粗末にすること。

 

しかし、現在同じ地球上で争いを回避する選択肢もなく、戦い、亡くなっている人がいる。

 

 

数十年前であれば日本でも戦争があり、たくさんの人が亡くなった。

たまたま私達は日本で生まれ、たまたま私たちの時代で日本で戦争がないだけだ。

 

 

旅に出て、高水準の治安・生活・サービス・製品・・・日本人という事により誇りを持てた。しかし、今、私が幸せを享受できているのは、私が努力した成果ではない、先人たちの苦労・犠牲の上に今の生活があるのだとそう考えるようになった。

 

日本にいた私は、世界に、日本に、政治に、無関心だった。

 

 

戦争の歴史、生・死をについて触れるたび、考えるたびにいつも感じることがある。

 

 

 

「幸せと、平和は努力なしには享受できない。」

 

 

私たちの世代も、子孫が幸せになれる選択と努力をしなければならないと思う。

誤った選択肢かどうかは時代が過ぎないとわからないけれど、最善の選択ができるように努力が必要だと思う。

 

「無関心じゃいけないんだ。」

 

私たちの子供、孫、その先の子孫が幸せになれるかは今の私たちにかかっていると強く感じている。

 

 

 

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

 
 
読んでいただき有難うございます。  
 
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